日光街道・3日目~幸手・栗橋・中田・古河・野木・間々田~①

日光街道シリーズです
2019/5/1、3日目です
令和元日ですね
今回は写真多めですが、見所たっぷりです(^^)♪

まずは、宿泊していた、あさよろずさん
朝ご飯を頼んでいたので、食堂に向かいます
昨晩は暗くて気が付きませんでしたが、中庭がありました

和定食です

テレビがついていて、令和のカウントダウンを振り返っている内容でした
皆様、思い思いの過ごし方をされていた様で
準備も整え、いざ本日の道のりを踏み出します

旅館あさよろず

幸手本陣跡までは、500mもありません
5分程でまずは本陣前にあった、問屋場跡です

現在はポケットパークになっています

当時の宿はこんな感じだったんですね

8:01、本陣知久家跡、現在は割烹です

うなぎが有名みたいです(晩ご飯ここでも良いかもですね)
本陣の説明の看板があります
朝早い為か人通りがありませんが、5分程待っていると、
自転車に乗った学生さんが横断歩道を渡ってきてくれたので、記念写真をお願いしました
こんなGW真っ只中に学校とは部活かな…
私は朝起きが嫌いなので、朝練のある部活には入った事がありません←
普通に凄いなぁと尊敬します

8:13、江戸より12里目の幸手の一里塚跡です

一里塚に距離標、休憩所の認識はありましたが、荷役人の賃金計算の距離基準でもあったんですね

そこからすぐの、石駄菓子店です

前を通って地図と照らし合わせた時に「名物塩がま」の文字を見つけて寄ります
8時でも開いていたのでラッキーでした
おかみさんはお話上手で、楽しい方です
塩がまも試食できたので、頂きます
懐かしい味~☆
塩、砂糖、みじんこで作っています
「あ、ミジンコじゃなくて、みじん粉(米粉の一種)ね(^^)」
母親にも食べて貰いたかったので、お土産にします
そして、この時期の和菓子屋の目玉、柏餅も
あ、味噌餡があります
大阪在住なのですが、味噌餡は東海道五十三次の旅で初めて食べたので、東だけの味なのかなと思っていましたが、
こちらのご主人も食べた事が無かった様で、お客さんに「味噌味無いの?」と言われて、試行錯誤して作られたとか
美味しい白味噌でした~♪

8:42、50kmのkp標です

すぐ、御幸橋があります

私のメモに撮り鉄スポットとあったので、一眼の写真を見返します
(基本iPhoneで写真を撮っていますが、凝りたい所は一眼を引っ張り出します)

橋で、近くに線路が通っている場所だと、比較的スポットな事が多いですね
ここから国道4号から少し離れ、脇道に行く感じになります
8:51、十二支をあしらった灯籠がありました

8:55、筑波道追分道標です

この辺りも線路沿いの田園で、撮り鉄スポットですね

吉羽屋酒店の辺りは、丁度線路がカーブするので、良い絵が撮れるかと思います
9:03、雷電社湯殿社です

この辺り、外国府間(そとごうま)の鎮守です
9:08、土手上は国道4号、久喜市への市境看板が見えます

この円形トンネルが目印です

9:17、江戸より13里目、小右衛門の一里塚です

塚木は榎でしたが、昭和初期に付近から移築された弁財天堂が建てられています
因みに、14里目の栗橋の一里塚は、存在及び位置共に不明との事です

9:32、東北新幹線の高架付近です

分かり難いですが、一応、丁度新幹線通っています

一瞬国道4号と合流しますが、街道は迂回する道を進みます
9:38、栗橋大一劇場が目印です

すぐ、川通神社があります
人気の無い小さな神社ですが、何となく気になって寄ってみると、こんな所に二等三角点が

因みにだんだん感覚が狂ってきて、この横の石は力石では無いかと、振り返りメモに推測が書いています…

9:50、会津見送り稲荷です

江戸時代、道に迷った会津藩士を老人に化けた狐が助けたという逸話があります

9:59、炮烙地蔵です

10:02、顕正寺です

この辺りの電柱にはテープが巻いてあり、昭和22年のカスリーン台風の浸水被害が一目で察する事が出来ます

10:12、あれは、碑と看板

位置的に本陣跡のかな?
…ん?
関所跡?
本陣跡、見逃したかな?
ちょっと戻ってみますが、見当たりません
と、丁度この関所跡のお隣の方が出て来られたので、尋ねます
「堤防工事で、今無くなっちゃって、関所跡はここに移してきてるんだよ」との事

栗橋は一里塚、本陣跡、正確な関所跡も今は解らなくなってしまいましたね…
工事の進み的にも、次回訪れる時にはすっかり様変わりしてそうな印象です…

しかし、この後の八坂神社が、この残念な感じを打ちけしてくれる素晴らしさでした!

まずは鳥居

この日は即位記念に花火の打ち上げをする看板が出ていました
この時点では、私はまだ令和フィーバーはテレビで見た限り、
本当に起きている事を感じていませんでしたw
5月に街道歩きをすると、大好きな藤の花のシーズンなので、こういう所が嬉しいです

八坂神社の夏祭(神幸祭)の御神輿です

縁起の石碑です

亀と鯉が可愛いですね
社殿です

御祭神は素戔嗚尊(スサノオノミコト)です
狛犬

ー…ならぬ、狛鯉

亀もこっそり隠れていますよ~
慶長年間(1596~1615年)、利根川の大洪水の際、当時の村人が総出で補強工事を行っていた際、
川の波間に鯉と亀に囲まれ元栗橋に祀られていた神輿が流れて引き上げたという事で、
亀と鯉が神の遣いとされています
人がこの日はそれなりに多かった感じです
地元の方かな
法被を着ている方も居て、自治会の方達かな?
御朱印は、普段は鯉は赤のインクですが、令和だからと金色に

8月に貰っていた方も金のインクだったので、令和元年は金色でいくのかもですね~
と、この日は特別に社殿に入れるとの事!
おぉ、これが令和効果か!

中に入ってぐるりと見渡すと、立派な梁に目を奪われます

こちらの木彫り絵は、明治8年に作られたものだそうです

見てもとても立派な事は伝わりますが、学芸員さんにも褒められた事がある、たいそう素晴らしいものです!
普段社殿の中は写真を撮らない様にしていますが、こちら尋ねた所、
寧ろ「拡散して欲しい」との事だったので、大々的に(^^)
あとは、普段では出来ない視点ー…、社殿から参道を見るというのもこの機会ならではですね

彫刻を反対側から見るというのも、面白いです

社殿の中をしっかりじっくり観させて頂きましたが、本日はその下も入れるよ~との事
今回初めての公開らしいです(公開はこの日だけだったかもです)
おぉ、令和効果凄すぎる!
社殿下は本殿の木台ー…という感じです
私が気に入ったのは台のこちらの彫刻

一見亀ですが、これは、私には「龍」に見えます

東海道五十三次で、神奈川宿の慶雲寺を訪れた際に、
「カメでは無く、中国の贔屓(ひいき)という龍ですよ」と聞いて以来、
こういう亀っぽい龍に見える存在は贔屓だと思っています
依怙贔屓(えこひいき)の通り、上に碑が載っている事もあるので、
こちらも台に刻まれているー…という事は、そういう事かな?とか
神主さんに尋ねておけば良かったです…
(でも、贔屓の話は結構マニアックだと自負していて、以前別の寺院で尋ねた時にそこまでは解らないと返された事もあります…)
と、たっぷり30分は滞在していましたが、1時間位居てたのではという充実した貴重な体験をさせて頂きました
神社から出る際、法被を着たおじちゃん達が私の背負っている大きなリュックに気が付かれ、
街道を歩いている話をすると、おーいお茶の缶を2本、景気づけに頂きました

ここから道沿いに土手に上っていき、いよいよ利根川を渡ります

11:04、埼玉県から、いよいよ茨城県に突入です

次回は令和フィーバー全開です☆

さて、最後にマンホール編です
栗橋宿は久喜市ですが、マンホールにはくりはしと書かれています
旧・栗橋町の名残ですね
デザイン1

町の花・サルビアと鯉、鳥は諸説ある様ですがシラコバト?らしいです
デザイン2

同じくサルビア、鯉、鳥はツバメとの事です
デザイン3

八坂神社の天王祭の御神輿の様子で、関東三大神輿と1つとされています
この他に、栗橋駅付近には、静御前がデザインされたマンホールがあるとか

幸手~栗橋は、観光で行くー…という方も少ないかとは思います
けれども、歩いて、見て、体感してと、とても楽しい区間でした
幸手~古河間は、丁度良い日に訪れたというのもありますが、
日光街道でもお勧め区間ベスト3だと思います(^^)


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