東海道五十三次・22日目~大津・三条大橋~①

疲れにくく、ケガしにくい足元をつくる機能性インソール

10:05大津駅
10:25大津宿
13:25三条大橋

いよいよ最終日(2017/5/20)です
この日は母親と一緒に歩きました
親孝行なのか、母も好奇心が強いのか…
けれども長い道のりを一人で歩くというのは、気楽でもあり寂しくもあります
途中で何人か肩を並べて歩いて頂きましたが、そういうのも趣があります

昨日の京町通りまで行き、東海道に合流します
京町一丁目で真っ直ぐ進むと小関越えの道に入るので左折します
最後の宿・大津本陣跡です

同行者がいると写真を撮って貰えるので嬉しいです
通行人は1人見かけました

蝉丸神社下社は灯篭と鳥居の間に線路が通っていて面白かったです

逢坂はなだらかな登り坂です
けれども、5月も20日となれば暑いです

関所跡で休憩です
この時初めて、おやつに持って来たかにが坂飴を食べて、その素朴ながらも溢れる自然な甘さに感動しました
逢坂の関は、伊勢の鈴鹿・美濃の不破と並ぶ三関の1つです
畿内に対してなので、箱根や新居は対象となっていません
平安時代になるまでは、逢坂の関ではなく福井の愛発(あらち)の関でした

逢坂の関は百人一首でも有名ですね
第10首「これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関」蝉丸
第62首「夜をこめて 鳥の空音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ」清少納言
この2首は有名も有名ですね
実は三条右大臣も詠んでいるのですが、これは知っている方も少ないのでは?
第25首「名にし負はば 逢坂山の さねかづら 人に知られで くるよしもがな」
あ、聞いてみるとそう言えばあったなー…という感じでしょうかw
私もすっかり忘れていましたがw
中学生の頃は、校内百人一首大会で2位までいきましたが、触っていないと忘れますね…(決まり字で覚えてる方が多かったし…)

ここからはウナギに注意して通って下さい

かねよさんは峠の茶屋でしたが今はウナギ料理の老舗で、まだ11時なのに並んでいました…
有名なんだなぁ…
名物だった走井餅の碑もあります

大津算盤(そろばん)の始祖・片岡庄兵衛の碑があります

叔母と彼氏が昔算盤を習っていたそうなのですが、恐ろしく暗算が速いです…
叔母曰く「頭の中に算盤が入ってる感じでやれちゃうねん」
彼氏曰く「(小中の頃)式見ただけで答えが出てくるから、合ってるのに計算式書いてなくて点数貰えなかった…。寧ろ筆算のやり方が分からない……」
速くても必ず良いというわけでは無いのでしょうが、子供が産まれたら算盤を習わせて買い物に付き合って欲しいです(計算苦手!)

こちらの道標の近くに、日本橋より百二十三里目の大谷一里塚があったそうです

最後の日ノ岡一里塚は位置不明なので、これが写真で撮れる最後の碑ですね
ありがとう、一里塚
一里塚が無かったら、東海道の旅の楽しみは80%位減っていたと思います(><)

追分道標です

すぐ近くの閑栖寺には車石があります

中には車道もありますよ

大津・京都間では物資を運ぶ牛車の通行を楽にする為に圧板石が敷き詰められていたそうです

小関越をした人とは、この道標で合流する事になります

1記事に纏めると、写真の量が多くなるので今回はここまでにします
次回はちゃんとゴールします!


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